雨が降る。細く、冷たく。 血を洗うのではなく、あまねく地面へと薄く広げ、残酷な真実を拡散させていく。 その雨音が、言葉の代わりに沈黙を埋めた。誰の喉も、動かない。 直衣に身を包んだ官人たちは、怯え切った目で空を見上げていた。 ——あれは本当に「人」なのか。 目に映るのは、我々とは異なる、何かだった。 屋根の上に登り、次々と鴉を射抜く。 長い白銀の髪を持つ美しい青年。 青年の顔には表情というものがない。 ただ静かに、冷たく、まるで感情を塗り潰したような顔で時をやり過ごしている。 何を射抜いても、何を見ても、青年の目は揺れなかった。 なによりも恐ろしいのは—— ただ一人で“あれ”と戦っているという事実だった。 誰も青年を助けていない。助けられない。 青年は、ただ黙々と空に向かい、命を削りながら戦っている。 一射、また一射。 空が鳴り、鴉が人に変化して落ちる。 青年が、ふとこちらを振り向いた—— その目を見た者は、一様に息を呑んだ。 あの瞳には、怒りも誇りもなく、ただ——人でありながら人ではいられぬ者の虚ろな光が宿っていた。 鴉の一羽が青年の脇をすり抜け、下へ向かって飛ぶ。 視線を送ったその先で、侍女が、その胸にしがみつく幼子を覆うようにして、雨の中を必死に駆けていた。 「……くそっ!」 青年は即座に矢を掴み、限界まで弦を引いた。 矢先が光を帯び、唸るように鳴る。 放つ。矢は一閃し、鴉を貫いた。 地に落ちる直前、命を刈ろうとしたその瞬間に、救った—— と思った、その時。 別の鴉が、青年の死角から侍女の背へ飛びかかった。 青年が振り返る間もなく、斬りつけるには遠すぎた。 女の身体が、黒い影に覆われた。その場にいた者全てが凍りついた。 一瞬、時間が止まったかのような静寂の中。 青年はゆっくりと弓を下ろした。 青年の、弓を持つ指が、わずかに震えていた。 青年の背は、まるで神罰を下すもののように見えた。 だが、彼は神ではない。ただの青年だ。 血を流し、 疲弊し、 叫びさえ、押し殺している。