彼は歩いた。もう誰もいない。 あたりには、短命種とも長命種とも見分けがつかない、死体の山が連なっていた。 遠くの鴉がじっとこちらを見てくる。 彼らは、何をするわけでもない。 崩れかけた白宸殿の奥。 春草は膝を折り、冷たい石の上に指を這わせる。 その手は、震えていた。 ふと、皇女が幼い頃に口ずさんでいた歌をくちずさむ。 春草にはまったくにつかわしくない童歌だ。 記憶の中。まだ背丈も届かぬ小さな影が、渡殿の隅で小さく歌った。 歌の意味もわからぬまま。 彼は、それをただ遠くから眺めていた。 ……それを思い出しただけで、喉が詰まった。 数々の記憶の波にさらわれて、彼女自身はとうに覚えていないだろう。 その声は、震えていた。 必死に震えを抑えるように、男はその場にうずくまる。 「……らしくないじゃあないか、なぁ……」 誰に言うでもない独白が、空虚に響く。 手のひらから血がにじみ、その血は式の中心へと滴り落ち、淡く蒼白い光が広がった。 男の足元から広がる白は、雪とも霜ともつかない。 ただ、確かに命の気配を奪う冷たさがあった。 草が、石が、音もなく白に染まり、凍りついてゆく。 周囲の光がひとつ、またひとつ、雪に閉ざされるように凍っていく。