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烏有辿行 宮階

第二十四話 君が忘れた歌

 彼は歩いた。もう誰もいない。    あたりには、短命種とも長命種とも見分けがつかない、死体の山が連なっていた。    遠くの鴉がじっとこちらを見てくる。  彼らは、何をするわけでもない。  崩れかけた白宸殿の奥。  春草は膝を折り、冷たい石の上に指を這わせる。    その手は、震えていた。    ふと、皇女が幼い頃に口ずさんでいた歌をくちずさむ。  春草にはまったくにつかわしくない童歌だ。  記憶の中。まだ背丈も届かぬ小さな影が、渡殿の隅で小さく歌った。  歌の意味もわからぬまま。  彼は、それをただ遠くから眺めていた。    ……それを思い出しただけで、喉が詰まった。  数々の記憶の波にさらわれて、彼女自身はとうに覚えていないだろう。    その声は、震えていた。  必死に震えを抑えるように、男はその場にうずくまる。 「……らしくないじゃあないか、なぁ……」  誰に言うでもない独白が、空虚に響く。  手のひらから血がにじみ、その血は式の中心へと滴り落ち、淡く蒼白い光が広がった。    男の足元から広がる白は、雪とも霜ともつかない。  ただ、確かに命の気配を奪う冷たさがあった。  草が、石が、音もなく白に染まり、凍りついてゆく。    周囲の光がひとつ、またひとつ、雪に閉ざされるように凍っていく。